VI

月と星ぼしが光り輝いていた空は、何時の間にか分厚い雲に遮られた。月明かりのなくなった世界は、一層闇に包まれ、全てを食い尽くしていた。世界の傍らに光る花々は自らの存在を確かに示すが如く、僅かに地を蒼く照らしている。
「月光草、という名前でしたかしら」
「確かな。我らはこの世界について詳しくはない」
「可笑しな話ですね。詳しくも知らない世界のニンゲンを助けることになろうとは」
「仕方がないだろう。我らは使役されるもの、何処かに往くことも叶わぬ身だ」
「全ては主様の御命令に従うのみ、ですものね」
「その通りだ」
雲の合間から僅かに見えていた星が、落ちた。


* * * * *


いつの間にやら陽は昇り、夜明けが来た。小鳥たちのさえずりで目が覚めたレクは大きく伸びをする。寝惚け眼を擦りながらベッドから起き上がり、キッチンへ向かう。爽やかな朝には似つかない部屋をこつ、こつ、と歩いていくと眼前に広がるのは……嫌いな"あの"少年の眠る姿。
「おい、起きろ」
「んん……」
「起きろって言ってんだよ」
「うるさいなぁ」
「寝なくてもどうせ平気だろうが。何寝てんだよ。邪魔だ」
「辛辣」
「はぁ……当たり前だろうが」
頭をボリボリと掻きながらレクは目的のキッチンへと向かう。食材を取り出して簡易的な食事を作るとテーブルに向かい、それを食べる。
「はぁ…どうするかなぁ、情報って言っても……」
「僕が知ってること、教えてあげるよ」
「……へぇ、お前がそんなすんなりと教えるとは思わなかったんだがな」
「面倒なんだよ、こっちも。取り敢えずわかっていることは"何か強大な力がこの世界に降り立つこと"。それを防ぐのが君たちの仕事」
「その強大な何かってなんだよ」
「わかりゃ苦労しないって」
「……はぁ」
レクはボリボリと頭を掻く。と耳入ってきたのは明らかな悲鳴。
「…なんだ?」
不思議に思ったレクは窓を見る。……窓を見たレクは絶句した。瞳に写ったのは、闇。そこに存在するのが不自然な闇。獣のような形を象った"それ"は人を襲っていた。
「なんだ、あれ」
「……見たことないの?」
「流石にない、あんなもの」
「じゃあ今回のイレギュラーじゃない?」
「チッ、めんどくせぇ」
レクは弓を手に取ると窓をあける。
「フッ、チンタラしてんなよ」
そう言うと矢を放つ。
「バッカじゃないの!?相手がどんなものか分かってないのに、なんでそんなこと!!」
「バーカ、死なないものなんてないんだよ」
そう笑うとレクは家を飛び出した。