ヴァルトはその後に帰国し、元帥に改めて第1軍が壊滅したとの報告を入れた。ヴァルト自身が無傷で帰還したことに僅かな疑問を持たれたようだったが、何よりも彼が生還したことが大きかったようで、元帥はその点は非常に喜んでいた。そして同時に告げられた。アトリアが"後程話したいことがある"と伝えてくれ、と言ったことを。ヴァルトは返事をすると一礼し、元帥の元を去った。そして寮内の大佐の部屋に歩を進めた。
道中、ヴァルトを見て良く無事だったと声をかける者もいれば、決していい目では見ない者もいた。ヴァルトはそれらを鼻で笑った。それに気づいた者などいる筈もなかった。

アトリアの部屋の前に立ち、扉を数回ノックする。すぐに足音が聞こえた。
「はい」
開かれた扉から現れたのは、当然アトリアであった。
「元帥から聞いたのでな」
そうヴァルトが言うとアトリアは非常に焦った顔をした。
「態々准将がここまで足を運ばなくても……私が後程お伺い致しましたのに」
「構うな。中に入れさせてもらえるか」
「はい。少し長い話でありますので」
アトリアは道を開けヴァルトを部屋へ促す。
「お時間を取らせてしまって申し訳ありません」
「構わん。要件とは?」
「はい。それ自体は非常に簡単なものなのですが、如何せん理由がなんとも説明し難いものでして…どうぞ、座ってください」
ヴァルトは促されたままにソファーに座り足を組む。アトリアは向かいのソファーに座る。
「馬鹿らしいと、冗談だろうとお思いになるかと思われますが、あくまで私は真剣に話させていただきます」
アトリアは目の前のテーブルにことん、と灰色の水晶を置いた。その時点でヴァルトは彼女が何を言うのか、少しだけだが勘づいた。
「まずはひとつ。そう遠くないうちに軍を脱退させていただきたく思っております」
ヴァルトの眉が動く。
「何故だ」
重く低いその声で、空気が一瞬にして凍りついた。
「その理由をこれからお話致します。リオン」
そう彼女が言うと、「はいはーい!」と元気な声と共に、アトリアの座っているソファーの後ろに1人の少女が現れる。それを見たヴァルトは笑い出す。
「……成程な。もう言わなくて構わない」
黒い霧が集中し、形をつくる。ヴァルトの後ろにはアスタロトが現れた。
「どうやら私と同じようだな」
フッと笑うヴァルトを、アトリアは驚いた顔で見ていた。
「そ、それは先の遠征で…!!まさか、そいつも」
「その通りだ。恐らく貴君も同じ条件を呑んだのだろう」
ヴァルトはソファーにもたれかかる。「無駄足を踏ませるな」とアスタロトはヴァルトに言い、ダンタリオンを睨みつけ、霧散して消えた。
「して、大佐よ」
ヴァルトはもたれかかったまま言う。
「脱退は許可しない」