「何故です!?」
若干の怒りが混じった声を張り上げるアトリア。ヴァルトはもたれかかったまま腕を組み、鋭い目を向けた。それこそ、生命を狙う獣のように。
「……ならば聞こうか。何故脱退する必要がある?」
アトリアはその瞳に動じることなく、きっと決意のこもった目を返す。
「ひとつはこの力を利用する場合に、軍にいると余りにも行動が制限されてしまう点。彼らの契約内容からすれば、情報収集以外にも少なからず戦闘が絡んでくるはずです。そのような場合、軍という組織に所属していることは枷にしかなりません。もうひとつは見せるのが一番早いと思います」
そういうとおもむろに立ち上がり、携帯している戦闘用ナイフを取り出す。そして──、右手首を思いっきり切りつけた。
「お前、一体なにを」
「見てください」
顔色一つ変えずに傷をヴァルトに見せた。先程、相当深く切りつけた筈であるのにもかかわらず、その傷はどんどんと塞がっていく。
「これがその"もうひとつ"です。異常なまでの自己治癒力を手に入れているのです。恐らく准将、貴方もです」
アトリアはヴァルトの腕をつかみ「無礼をお許しください」と言うと手首を思いっきり切りつける。確かに同じようにぱっくりと割れた傷が閉じていく。そして、
「……痛みを感じない」
あくまで冷静でいたヴァルトが、僅かながらに動揺した。
「推測ではありますが、契約時に私たちは肉体から魂を取り出され、水晶として物質化されました。ですので、肉体がどれほどの致命傷を負えども『死ぬ』ということはありえないと考えられます。この異常な自己治癒力と痛みを感じないのは……」
アトリアはダンタリオンを見る。それに気付いたダンタリオンは、にししと笑う。
「そーだよー?だってそうしなきゃニンゲンなんて脆すぎて使い物にならないもん」
「……ということですので、最早私と貴方はヒトではない状態です。故に軍に残るのは難しいのです」
「……成程な」
完全に塞がった傷口を撫でる。何事も無かったように綺麗に痕がない。
「ならば提案だ」
「なんでしょう」
「また遠征がある。その時に私もお前も死んだことにしてしまえばいい」
「……傷が塞がることを活かし、この剣を身に突き立て自身の血をつけ、戦場に置いておけば」
「その通りだ」
鞘から剣を抜く。使用者の名が刻印されているこの剣はシュトラール軍人としての象徴であり、この剣を手放すことは死を意味している。
「しかし、次遠征が何時になるかは……」
「もう直ぐだよ、大佐」
「……ああ、そうでした。前回の遠征時は部隊の半数を他部隊に貸し出していましたね」
「この状況だ。どうせまた遠征になるさ」
「そうですね」
次遠征までに支度を整えておく、遠征時に死亡したことにして軍を脱退する。そう2人は決めた。