「くっそ……」
迂闊だった。よく考えれば、あんな場所にあんな格好のガキがいる訳がないんだ。馬鹿でかい声で喚きやがって…… 頭がくらくらする。
「ねぇねぇ、追いついちゃうよ~?」
「っ!黙れ!!」
声のした方向へ思いっきり矢を放つ。ドスッと大きな鈍い音がした。
「いったいなぁ~」
へらへらと笑う王子のような格好をしたガキは、なんともなさそうに俺を見てニタニタする。
「気色悪いんだよ、お前!!」
そう怒鳴るとそのガキは姿を消す。風で揺れる木の葉の音と、自分の鼓動だけが聞こえる。

「ガ ラ 空 き」

つい先程撒いたはずのガキの声が、すぐ後ろからする。腿につけていた短刀を持ち、素早く振り返りガキの首に押し当てる。
「死にたくなければ消えろよ」
「その台詞、そのままそっちに返してあげるよ」
空気が痛くなる。相も変わらずに頭はくらくらする。怒りに任せて短刀を押し当てる力を強くする。

ブツっと音がした。
「……?」
何か生暖かいものが流れるのを、鋭い痛みを腹部に感じた。背後からぶっすりと腹を刺されていた。
「言ったじゃん?」
刺されていたものがズルズルと抜かれていく。力が抜けて膝から崩れ落ち、倒れた。
液体が広がってくる。腹部は焼けるように熱いのに、全身が寒くなってくる。視界がぐらつく……
「ねぇねぇ死にたくないんでしょ?」




「──で、俺は今ここにいる」
彼の前にいる2人の女性は、その話を何の疑いもなく聞いていた。
「あたしらも"その話"を持ちかけられたよ。別に、普通に承諾したけどな」
そう話す赤髪の女性は笑みを見せる。隣にいる青髪の女性は特に顔色を変えないが、その瞳には確かに何らかの意思が宿っていた。
「取り敢えずはさ、同じ状態の人間なんて幾ついるか解らないんだし、一緒に行動してもいいと思うけど」
「それはあたしも思うな。カリーナは?」
カリーナと言われた青髪の女性はコクンと頷く。
「なら改めて自己紹介。俺はレク シルベスター」
「あたしはシターラー ディードリヒ」
「……カリーナ キルシュ」
互いに自己紹介をし、レクはシターラーとカリーナに握手をする。
「レク、お前はどうするんだよ」
「……どうするって何を」
「あたしとカリーナは"この力"を使って、どうしてもやりたい事がある」
シターラーは焔のように朱い水晶をちらつかせ、ニヤりと笑う。
「……それさえ済めば、この命はどうなってもいい」
カリーナも恐らく水晶を握っているであろう手を、さらに強く握った。
それを見たレクは顎に手を当て少し考える。
「……じゃあ俺もそれ手伝うから、君らも俺を手伝ってよ。どうせなら、そのやりたい事も果たして生きたいじゃん?」
にこにこと笑うレクに「私はそれで構わない」とカリーナは言う。
「なら取り敢えずはある程度の情報収集だな…… あたしたちがやりたい事は、そんなに焦る必要は無いし」
「了解。情報集まり次第共有って事で」
おう、と返事を聞くと3人は別れた。

* * * * *

「そういえばさぁ……どうしてレクくんはこんなクソみたいな条件を呑んだわけ?」
ガキ……パイモンが俺の横に現れ、にこにこと笑いながらぴょこぴょこと着いてくる。チッと舌打ちをして俺は返した。
「俺はまだ足りてないんだよ、色々と」
「足りてないって何がぁ~~?」
「家に着けば流石のお前でも解る」
「……馬鹿にしたな貴様」
「さあね」
その会話からそれ程時間が経たないうちに家に着く。
「いえ~いお邪魔~」
パイモンが駆け抜け、先に扉を開け入った。特に追いかけもせず歩いて家に戻る。
ドアを開けるとパイモンが立っていた。
「邪魔だよ、お前」
そう声をかけても退かない。
「……レクくんさぁ、流石に僕もこれはひくんだけど」
若干青ざめた顔をしているパイモンを押し退けて部屋に入る。棚に飾ってある中瓶を持ち、パイモンの方を向いて笑顔で言った。
「何がそんなに可笑しいんだよ」
パイモンの顔は明らかに引き攣っていた。それもその筈だ。この瓶に入っているのは人の目なのだから。そして家の中は硝子箱に入れられた人骨や死体で溢れ、壁や床は血で薄汚れているのだから。
「頭おかしいって、これ」
ウエッと軽く吐くような動作をしてパイモンは嫌悪の眼差しを俺に送った。俺はそんなパイモンを軽蔑の眼差しで見つめ、こう言った。
「お前も大概だろ」